英国滞在6日目。マッキントッシュのヒル・ハウスと美術学校を30年ぶりに見にグラスゴーに行く。ヒル・ハウスは130年の時を経て傷みがひどくコンペでさや堂のようなもので全体を囲ったというニュースを見たので、興味が湧き、まず行ってみることにした。
C・R・マッキントッシュCharles Rennie Mackinntosh(1868-1928)
1889年21歳で、25年の建築活動の全期間在籍したハニーマン・アンド・ケピー事務所に入所。1896年28歳の時グラスゴー美術学校のコンペに事務所として勝利する。予算の不足から1期(1897-99)2期(1906-09)に工期が分かれ、中断の間に変更・加味された条件に、粘り強い姿勢でマイナスをプラスに転化する設計変更を行った。その間ヒルハウスなどの住宅、ティールームなどの内装や改装を行い、また300以上の家具をデザインした。1913年45歳の時に事務所を辞め、ロンドンに移る。建築を手掛けようとするがうまくいかず、フランスの南海岸に滞在し魅力的な水彩、スケッチを残した。1928年60歳、癌で亡くなる。
ユーストン駅からグラスゴーまで4時間半、7:30発12:01着。今回の旅行ではブリットレイルパスの好きな日に4回乗れるフレキシタイプを日本を出る前に購入してきた。フレキシパス、前回までは紙だったのがモバイルパスしかなくなり、駅で提示するQRコードを前もってネットで手に入れておかなければいけない、というので多少不安があったが、杞憂だった。また、フレキシパスなら多少高くても1等を選んだほうがいいと知っていたので、今回もファーストクラスにした。ので、優雅に朝食付き。
グラスゴー中央駅からホテルへ寄って荷物を置き、ホテルに近いクイーン・ストリート駅から、スコット・レイル13:05発へレンズバラ中央駅まで40分、タクシーでヒルハウスへむかう。
名前の通り丘の上にあるヒル・ハウス、はるか向こうにクライド湾を望む。事前にA+U誌2023年7月号で見た通り、ステンレスのメッシュのさや堂に覆われていた。2019年に行われたコンペで勝利した、カーモディ・グロークという二人の建築家ユニットのアイディアで、”ヒル・ハウス・ボックス”と呼ばれている。重要な観光資源を見学できるままにして、さらに風通し良くするためにステンレスのメッシュでかこみ、雨水を吸い込んだ外壁を乾かしながら、15年かかるという修復を行うというものだ。
カーモディ・グロークは門とヒル・ハウス入口との間のスペースに、入場券売り場、ギャラリー・ショップ、そして上階テラスをカフェとする黒い平屋のエントランス棟を建てた。向こうの方に見えるのがそれで、突出しているのはエレベーター室。屋階のカフェはヒル・ハウス周囲をめぐる空中通路からも行けるようにしている。
付け加えられた黒いエントランス棟を抜けると、ヒル・ハウスの正面入口の懐かしいエントランス立面に達する。
建主ブラッキーは玄関を入って右にある図書室を仕事関係の人と会うビジネスの場としても使ったので、奥の家族の生活部分は、廊下と階段のレベル差によって、仕事の場と意識的に分けられている。エントランスを抜け図書室を右に見て廊下の先、4段昇るとグレーのカーペットのホールに至り、振り返り、再び4段昇って踊り場、そして90度向きを変えると2階へと導く階段室に至る。レベル差、軸の転換、そして縦格子による空間の仕切り、豊かな陰影のある構成。
ホールの壁はステインの塗られた黒い木部と白いプラスターで構成されている。正面のプラスター部分には時計とステンシルによる模様。その右のドアの先にはキッチンのあるサービス・ブロックがある。
右側壁のドアはメインのドローイング・ルームへの入口。向いの左側壁のガラス戸から外部に出るとさや堂の周辺をめぐるブリッジ通路への階段がある。
ドローイング・ルーム正面左の出っ張りは隣のダイニング・ルームへ入る前室を設けるための出っ張りなのだが、あたかもピアノのためのアルコーブを作るためにわざと出っ張らしたようにも思える。マッキントッシュは、ほかの部屋を平面上わざと割り込ませ、部屋をL字型にして、その出っ張りをアルコーブにする平面上の操作をよく行う。2階のベッドルームでも同じ平面操作を行ってアルコーブを作りだしてている。
隣のシートのある出窓は建物から出っ張っているのでこれとは違うが。
ステンレスのメッシュに囲まれているためちょっと違う雰囲気になっているサンルーム的アルコーブ。ピアノのアルコーブと同じように天井をピクチュア・レールのレベルまで下げ、床はカーペットを敷かないフローリングのままにしている。
天井まで伸びる黒い縦格子の木製部分と白いプラスター、グレーのカーペット、縦長窓、照明器具そしてニッチ、...垂直線、パープル、ブルー、ホワイトのアクセント。まさにマッキントッシュのつくる軽やかな階段室だ。
ベッドのためのアルコーブを作るために、右角に隣の化粧室を出っ張らせた2階の白いメイン・ベッドルーム。
こんな風に斜め上からヒル・ハウスの外部を観察できるのは、見学する者にとっては確かに得難い経験ではある。
ヒル・ハウスの躯体はグラスゴーの南方、エアシャー地方の、赤い色の砂岩を積んで出来ていて、その表面に、スタッコ(ポルトランド・セメント、石灰、砂、水を混ぜてつくる)が硬化しないうちに小石、砕石を塗りこめるやり方であるラフキャストで仕上げられている。
さや堂の通路の看板に書かれていた説明によると、当時新しい建築材料だったポルトランド・セメントをマッキントッシュは、実験的にスタッコに混ぜたために、クラックができやすく、そこから入った雨水が閉じ込められて、蒸発しにくい状態になった。石灰だけの伝統的なラフキャストであれば、建物が呼吸できたので、こんなに湿気が閉じ込められることはなかった、と。